FUJI TEXTILE WEEK 2025の開催に先駆けて始まったWEBコンテンツ「布と言葉」は、改めて布が持つ表現の可能性や魅力を言葉で紐解こうという試みです。さまざまな人たちに、テキスタイル・布・織物・繊維について思いを馳せ、自由に語っていただきました。布が広がるように言葉が伝わり、布に包まれるように言葉が届きますように。

今回は、アーティストの宮田明日鹿さんとFTW事務局の対話をお送りします。アーティストとして作品を発表する宮田さんが、まちの人と共に手芸部という活動を展開する意味とは?


FUJI TEXTILE WEEK事務局(以下FTW):宮田さんは家庭用編み機や糸を使って、現代アートの領域で作品を制作して発表しています。その一方で、名古屋市で町の人たちと一緒に〈港まち手芸部〉という活動をされています。ホームページでは「『家の中のことを外に出してみる』実践として継続している活動です」と紹介されているこの活動のきっかけは、なんだったのでしょうか?

〈港まち手芸部〉の活動の様子 Photo: Aiko Okamatsu ©︎ Joint Committee of Port Town

宮田明日鹿さん(以下宮田):愛知県名古屋市にある港区のアートプログラムMAT, Nagoya(※1)が企画するスタジオプロジェクトとして、商店街に期間限定でスタジオを構えたことがはじまりでした。その場所がガラス張りだったんです。町とアトリエの境界線があまりない感じで、編み機で何か作っている私をガラス越しに見て、「何してるの?」って町の人がスーッと入ってきちゃう。そのうちに、手芸店を営んでいたよという人や、編み物が得意なんだという人と出会って、私が「手編みを教えてもらいたいな」と思ったことが、最初のきっかけです。ちょうどその1年後、そのエリアにスタジオを構えて港まちづくり協議会(※2)の方から、「何かやってみないか」と声をかけてもらったこともあって。それで、「一人で習うよりも、みんなの場を作ったらどうなるだろう」と思って、実験的に始めたのが〈港まち手芸部〉でした。

FTW宮田さんのアーティスト活動のなかでも、そういうふうに一般の方々と一緒に活動するというのは、初めてのことだったんですか?

宮田:そうですね。はじめは、自分のプロジェクトをやるとか作品を作るとかというよりは、コミュニティを作るという意識の方が強かったんです。2013年にドイツの田舎町に住んでいたことがあるんですが、そこには町の人たちが運営しているクラブがあって、歌クラブとかバスケットボールクラブとか体操クラブとか……私は歌クラブに入ったんです。その時、同じ趣味というか目的のもとに集まったらこんなにも居心地がいいのか、と思った体験があって、なにかそんなふうにできないかなという気持ちがありました。

編み物やテキスタイルで表現しようとしたら
フェミニズムの文脈は避けては通れない

FTWそうやって2017年に始まった〈港まち手芸部〉の活動は、2022年には国際芸術祭あいち2022での展示、今年2025年には手芸部のみなさんの作品をまとめた本『Knitting’n Stitching Archives.』が刊行と、アートプロジェクトとして進化しています。宮田さんの中でどのような変化を辿って、今に至るのでしょうか?

宮田:手芸部の活動について、「リレーショナル・アート」「まちづくり」「地域デザイン」「ソーシャリー・エンゲージド・アート」と解釈されるようになって、徐々に「こういった活動をアーティストがやるというのはどういうことなのだろうか」と意識するようになりました。大きかったのは5年目(2021年)に、金沢21世紀美術館のプロジェクトで金沢市金石地区で1ヶ月滞在して手芸部を立ち上げてほしいと依頼されたことです。〈港まち手芸部〉は時間をかけてコミュニティーを手探りで作ってきた場だったので、それをパッケージ化して別の場所に持って行くということが最初は想像できなかったんです。でも、やってみたらできたんです。さらには、地域の人が継続したいと言ってくれて、今も続いているんです。こういう場所って必要なんだなと思ったし、自分はその立ち上げができるんだということが分かりました。

FTW国際芸術祭あいち2022での展示はその後なんですね。

国際芸術祭「あいち2022」 展示風景 宮田 明日鹿《手芸部の記録》2022  Photo: ToLoLo studio ©︎ Aichi Triennale Organizing Committee

宮田さん:はい。金沢での経験があったから、芸術祭での展開を想像できました。また、活動当初から記録することを続けていて、日々の活動は記録として3年に1度まとめているんですが、その日記のような活動記録とは違う形でアーカイブしたい気持ちを具現化できたのが、国際芸術祭あいち2022での展示でした。〈港まち手芸部〉で出会った方たちの中には、いろんな手法でつくっている人や長く作り続けている人がいるので、家で眠っている作品を見たいと前々から思っていたんです。それらを記録し手製本としてまとめた『Knitting’n Stitching Archives.』を形にしたことで、「手芸ってなんだろう」っていう問いかけであったと気付きました。手製本では50冊しか作れなかったので、もっと多くの人に届けたいと声をかけてくれて芸術祭から2年後2024年に増補新装版として ELVIS PRESS から出版しました。

2024年に刊行した『Knitting’n Stitching Archives.』(ELVIS PRESS)

FTW港まち手芸部のみなさんは、アーティストである宮田さんと活動を続けることで、編み物への考え方や価値観が変わったりしましたか?

宮田:私が変わったのが一番大きくて。最初は「集まってみんなで手を動かしおしゃべりすことが、楽しいな」という感じだったんですが、次第に私の視点や考え方が変わっていって発言も変化していくから、みんなもそれに呼応して、一緒に変化していってるという感覚があります。

FTW宮田さんご自身は具体的にどう“変わった”のでしょうか?

宮田:女性としての生きづらさとか抱えていた違和感を、言語化できる感覚を掴めたというのが大きいです。自分の違和感を言葉にできるようになったからこそ、分かり合えなさが明確に見えてくるというのもあります。手芸をきっかけに集まっているので、手芸については褒め合えるし相談もできるけど、生き方や、暮らし方、考え方も様々な人が集まるので、分かり合えなさについては悩みの種にはなっています。でも諦めないでちょっとずつ対話することを練習しています。編み物やテキスタイルでの表現をしていたら、フェミニズムの文脈は自然に出会う機会が多くて、「フェミニズムはみんなのもの」というスローガンが好きになりました。

FTWフェミニズムについての気づきというのは、手芸が女性のものであるとされてきたことや、趣味というカテゴリーに閉じ込められてきたということへの気づきでもありますか?

宮田:そうですね。活動を通じてそれを強く意識するようになりました。手芸部では、みんなで集まって手を動かしながら会話をするので、そこでぽろっとこぼれる一言があったりするんですね。80代や90代の方もいて、戦前からの価値観の家庭の中で元軍人の夫に抑圧されていたという話を聞いたときにその方が「でも、そういうものだからね」って付け加えた言葉に心が苦しくなったり、同時に戦時中の男らしさを押し付ける構造があって、抑圧の元が頭によぎったりします。お互いの手芸を褒めあったりしながら、おしゃべりの中で自然に出てくることは、日常の違和感や困りごとでもあって、元をたどれば政治に繋がっていると思うので。

手芸の面白いところは
資本主義の価値から外れたところにある

FTWそういうふうに考えている宮田さんがやっているのが〈港まち手芸部〉なんですね。

宮田:ここ1年くらいは、パレスチナへの連帯のシンボルであるスイカを編める〈スイカあみキット〉というものを作ってるんです。パレスチナのことをみんなで考えようっていうことで、出張手芸部や展示、イベントなどの際にワンコインで寄付できるように置いてます。今日はじめて一緒に手芸部のみんなに協力してもらって展示にむけてキットを作りましたが、ニュースで見たことや感じたことを話していました。以前は政治的なことを話すことには勇気がいったけど、今はあんまり気負わず普通の感覚で話せているように思います。

Photo: Aiko Okamatsu ©︎ Joint Committee of Port Town

FTW:作りながら言葉が溢れて、考え方や価値観が伝播していく、というのがとても興味深いですね。テキスタイル/布というものについて考えたときに、頒布するとか流布するとか「広がっていく」「伝わっていく」という言葉のイメージと布の広がりがとても近しいということを思っていたので、〈港まち手芸部〉の活動がまさに、それを実践しているように思えました。そしてもう一点、『Knitting’n Stitching Archives.』にアーカイブされた港まち手芸部のみなさんの作品を見ていて、宮田さんの活動がみなさんの手芸作品に視点を与えているというか……たとえば民藝って、みんなが普通に道具として使っていたものに芸術性を読み解く、新しい価値を与えるということだと思うんですが、宮田さんご自身はそういうことを意識されていますか?

宮田:民藝といえば、以前、民藝運動にどうして手芸が入らなかったんだろうという問いを立てて調べたことがあるんです。手芸は女性の手習い事として西洋から入ってきて学校教育で女子が学ぶものという流れがあって、時期的に民藝運動とは重ならないということが分かったんですが、一方で手芸は“女性”が家でやることとしていかに矮小化されてきたかということを考えさせられるきっかけにもなった。最初は私も手芸に対して趣味というイメージがあったんですが、でも手芸部の活動を通じて、それぞれ生活とともに作る、作ることでエネルギーを発散しているという人がたくさんいるということを目の当たりにしたんですね。本人は「売れるものじゃないし」というふうに思っているけれど、手芸の面白いところは、お金の価値をつけられないくらい、資本主義の価値から外れたところにあるものなんだと思うんですね。自分たちの力で作ってる、好きだから作り続けている……やっぱり、すごくいいなと思います。『Knitting’n Stitching Archives.』では、「手芸ってなんだろう」という問いかけをしているので、これからそれを一緒に考える人が増えたり、エンパワーメントし合うような場が作れたらな、と思っています。


※1「MAT, Nagoya」Minatomachi Art Table, Nagoyaの略称。名古屋港エリアをフィールドにしたアートプログラムとして、2014年から現代美術の展示やスタジオプログラム、アートブックフェア、ワークショップやイベントなど、さまざまなプロジェクトを展開している。 https://www.mat-nagoya.jp/

※2「港まちづくり協議会」エリア内外の人たちに誇れる「なごやのみ(ん)なとまち」を目指し、2006年より名古屋の港まちエリアで、住民と行政の協働によるまちづくりの活動を行っている団体。