FUJI TEXTILE WEEK 2025に先駆けて始まったWEBコンテンツ「布と言葉」は、改めて布が持つ表現の可能性や魅力を紐解こうという試みです。さまざまな人たちに、テキスタイル・布・織物・繊維について思いを馳せ、自由に語っていただきました。布が広がるように言葉が伝わり、布に包まれるように言葉が届きますように。
今回は、京都で新刊書店を営む山下賢二さんの言葉。マスメディア全盛期を経てSNS社会が加速するナルシシズムを見つめながら、自然と共に生きた時代のものづくりについて思いを馳せ手を伸ばした一冊とは。
先日、YouTubeで懐かしい番組を観た。それは約30年前に放送していた『カミングOUT!』というTBSの深夜番組。毎回テーマを決めて、お茶の間的なセットの中でこたつ机に座り、ただ雑談するだけの内容だが、人選や話すテーマが予定調和ではないのが面白かった。司会役に糸井重里、レギュラー出演陣にTBSアナウンサーだった渡辺真理、当時はよくテレビに出ていた大槻ケンヂ、ようやく人気が出始めた頃の木村拓哉などがいた。
この回のテーマは「ソフトナルシシズム」。呼ばれたゲストは、笑福亭鶴瓶、社会学者の橋爪大三郎、精神科医の香山リカなど。
自己愛とナルシシズムは別のものという解説やナルシシズムセルフチェックテストなどがある中で、例えば江戸時代の人や一昔前の母親たちにもナルシシズムは存在したのか? という問いが番組上で生まれた。それにひきかえ現代は、特に若者たちはナルシシズムに溢れているという発言がなされていた。当時、若者だった僕なりにその理由を考えてみる。

戦後、各メディアが煽ってきた衣服や装飾品、アイテムなどのあくまで外的要素で「素敵な自分になる」ための広告は、消費促進という目的があったにせよ、自己陶酔型人間を増やす十分な理由になってきたのではないだろうか。また1990年当時はテレビはまだ絶対的なメディアの王様だったが、フリーターだった僕のような小さな一人部屋にも家庭用VHSデッキがすっかり普及していた頃でもあった。映像で何度も同じ作品を観ることができたり、録画した番組を巻き戻せたりと、いわゆるアーカイブを収集できるようになり、テープに残された他者の気になる仕草や奇異な言動に対してツッコミ的検証がお茶の間で可能になった時代。これは「自分と他人の合わせ鏡」を映像ツールで獲得し始めた時期といえるかもしれない。
もちろんそういうメディアが発達していない時代でも、実生活の中で他者からの視線は存在していただろう。しかしそれは「実際に自分が見たもの」という圧倒的なサンプルの少なさゆえ、客観性を持たない単なる「優劣重視」の画一的な価値観ではなかったか。
80年代から時代は個性を尊重しはじめていた。個性の尊重は、多種多様な価値観を許容することになるので、それは不正解だと言い切れる明確な答えが減っていく。それぞれがそれぞれの正解を自分で噛みしめている状態というのは、見方を変えれば自己陶酔状態に近いのではないだろうか。
SNSで都合のいいことだけを手軽に誰もが発信ができる昨今は、その傾向はどんどん強くなってきているような気がしている。
前置きが長くなったが、そんな観点から今回紹介したい本がある。前田征紀、石井すみ子による美術ユニット〈工藝ぱんくす舎〉が約2年にわたり日本古来の精神が宿る場所を訪れ、日本のさまざまな地域に残された自然布や手漉きの紙などを取材。各地の風土と一体となった制作物から人々の暮らしや自然観、精神性をみつめ、人と自然とのこれからの関係について再検証を試みた展示の図録『ノノ かみと布の原郷』。
かつて人々は暮らしの身近にある草木から繊維を績み、布にして、衣服や暮らしの道具を生み出していた。この図録に掲載されている当時作られていた古い繊維の服やそれらの制作過程である「出雲の藤布紡織習俗」記録写真を見ていると、その姿に完成したときの充足は感じても自己陶酔は感じない。純粋に寒さや飢えを凌ぐための機能性と耐久性のみを突き詰めた潔さが漂う。当時は余裕がなかった、情報がなかった、物資がなかったと言ってしまえばその限りかもしれない。しかし当時の人々が残した制作物には、かっこよく見られたいというような他者を強く意識した心持ちは感じられない。そこにナルシシズムがあるとするなら、自己犠牲的精神だろうか。
むしろ僕が強く感じたのは、日々を淡々と生きる営みとささやかで切実な祈りだ。


『ノノ かみと布の原郷』工藝ぱんくす舎
2021年3月に島根県立石見美術館で開催された「コズミックワンダーと工藝ぱんくす舎 ノノ かみと布の原郷」展は、日本の様々な地域に残された自然布から、各地の風土と一体となった人々の暮らしや自然観、精神性をみつめ、人と自然とのこれからの関係について展望しようとしたもの。本書は、この展示に際して企画され、2年の歳月を経て刊行された図録。前田征紀・石井すみ子による「工藝ぱんくす舎」は、展覧会準備のために約2年に渡って日本各地を巡って取材。布と紙に通じる精神性から構成され、ページをめくるたびに自然布や手漉き和紙に宿る気配が立ち現れる。
出版社:赤々舎
発行年:2023年