FUJI TEXTILE WEEK 2025に先駆けて始まったWEBコンテンツ「布と言葉」は、改めて布が持つ表現の可能性や魅力を言葉で紐解こうという試みです。さまざまな人たちに、テキスタイル・布・織物・繊維について思いを馳せ、自由に語っていただきました。布が広がるように言葉が伝わり、布に包まれるように言葉が届きますように。
今回は、古書の新たなバリューチェーンを切り拓いた〈バリューブックス〉に勤めながら、ウェブや雑誌のライターや、テキスタイルブランド〈ieno textile〉のコンテンツ制作を務める北村有沙さんのエッセイです。布と本の“循環”に思いを馳せました。
窓辺の景色を変えたくて、1枚の布をかけた。
当時は、都内のアパート暮らし。視線を隠すためにとりあえず選んだカーテンは、ぺらぺらで飾り気がなく部屋にまったく馴染んでいなかった。ソファを買い、照明を変え、本棚にお気に入りの本が並んでいく。暮らしは自分らしく整っていくのに、窓辺だけは、どこかよそよそしいままだった。
「窓を飾るのは、カーテンじゃなくてもいい」
そう教えてくれたのは、テキスタイルブランド〈ieno textile〉のデザイナー・南村弾さんだった。彼が夢中になったのは、布のデザインだけでなく、暮らしへの取り入れ方そのものだった。

たとえば長い冬を過ごす北欧では、憧れを追いかけるように、季節を先取りして春の布で室内を満たす。ドイツでは、視界を遮るものではなく、窓辺を飾る布として、ほとんどの家のカーテンが開け放たれている。イギリスでは、代々受け継がれるアンティークリネンが、シーツやテーブルクロスとして使われた後も、カーテンや衣服に活かされる。季節や気分でラフに布を取り入れる、そんなヨーロッパの暮らしを見ながら、日本でももっと気軽に布を取り入れられたらと、“暮らしの布”をつくりはじめたのだそう。
彼がつくる布は、140×230cmのワンサイズ。暮らしの中のどんなシーンにも使えるサイズ感だ。例えばカーテンとしての使い方は、窓の高さに合わせて折ってクリップで留めるだけ。カーテンよりずっと気軽なのに、どんな窓にもちょうどよく馴染む。
そんな“暮らしの布”に出会ってから、ずっと変わらないままだった窓辺に、〈ieno textile〉の布を迎えた。淡いピンクの空を映した布だ。朝の光が柔らかく透け、窓を開ければ、風に揺れる。夜になると、照明の反射をやさしく包む。窓辺を飾る、その存在が心地よく、気がつけば季節ごとに布を掛け替えるようになった。
窓の景色に飽きたら、ソファにかける。寝室で、フィンランドで出会ったブルーのブランケットとあわせて、ベッドカバーとして使う。布でつくるランプシェードは、空間のアクセントにちょうどいい。たった一枚の布が、使う場所を変えることで部屋の空気を変え、光の加減で異なる表情を見せる。布は本当に、多面的な魅力を持っている。

日々の暮らしの中に布を取り入れるとなると、汚れることが気にかかる。けれど、ある料理家さんの「ちょっとしたシミはむしろ思い出になる」という一言で心が軽くなった。気後れしそうな真っ白な布も、日々の道具として途端に親しみやすくなる、魔法の言葉だ。布にシミひとつ作らない丁寧な生活、なんて送れなくていい。いつものテーブルに布をかけるだけで、少しだけ特別な時間が流れる。週末、ゆっくり家でごはんを楽しみたい時にだけ広がる景色が、日々の生活に彩りをもたらしてくれるのだから。
暮らしの中に取り入れる布は、新しいものが良いとも限らない。わたしは真新しいリネンのしゃきっとした素材感が好きだけれど、最近になって、リサイクルされた布の風合いの良さも知った。カーテンを作る際に出る生地の端切れを集め、もう一度糸に戻して、新しい布として織り直すことで、使い込んだリネンのようにやわらかい風合いに仕上がるそう。捨てられるはずの布が、新しい役割を持って誰かの手に渡る。その心地いい“循環”に、ものづくりのあたたかさと奥深さを感じた。
わたしが働く〈バリューブックス〉という本屋では、主に古本を扱っている。そこにもまた、読み終えた本が、また新たな読み手のもとへ旅する“循環”が存在する。時には、役目を終え、本の命が終わる瞬間がある。バリューブックスでは、捨てられる本をリサイクルし、本だったノートとして、新たな価値を生み出す取り組みも行っている。誰かの心を動かした物語が、別の持ち主の心を動かす。そんなリレーの最後のバトンはノートとなって、今度は誰かの心を動かす物語が書かれるかもしれない。ここでも、紙という繊維が一度ほどかれて、織り直されて新たな旅を続けている。

本と布は案外似ている部分が多いなと思う。新品にも、古いものにも、リサイクルで生まれたものにも、それぞれに良さがある。一冊の本が読み手によってさまざまな意味を持つように、一枚の布は使い手やシーンにあわせ、さまざまな形で生活に寄り添ってくれる。そして、リサイクルを通して、もう一度命を吹き込まれることで、そこへ新たな価値が生まれていく。


『世界の美しい染めと織り』巧藝舎
〈本と茶 NABO〉の棚から、部族や地域の生活に根ざした手仕事の布を紹介する一冊。アジア、アフリカ、中南米などで取材した染めと織りの技法を、美しい写真とともに掲載。模様や色に込められた土地の記憶や暮らしの知恵をひもときながら、布を通して世界を旅するような時間を届けてくれます。
出版社:グラフィック社
発行年:2023年