/ Anotani Masaho

展示会場
(05)旧糸屋
 《寛厳浄土》 2025
《寛厳浄土》 2025
About Works
[キュラトリアル・コメント]

呉服屋を営んでいた方々の住居だった本会場は、布の継ぎ接ぎのように増築を繰り返し横に広がっていっている。玄関前には安野谷が2012年から衣類やドローイングの施された布などを縫い合わせてきた作品が配されていて、町の栄枯盛衰とともに残ったこの居住空間と呼応しているようである。
奥の洋室と和室が接がれた部屋には、本展に合わせ制作された新作《寛厳浄土 赤・黒》がそれぞれ展示されている。ベースとなる生地は富士吉田に工場を構えるWatanabe Textileとの共同制作によって生まれ、グラデーションのある生地はこの地域の澄んだ空を想起させる。そして富士山の森林限界まで広がる自然や人の営みを参照したさまざまな模様や形がフェルティングニードルで打ち込まれている。
本作は富士山の持つ優しさと厳しさ、極楽と地獄、生と死が表裏一体にあるという山岳信仰の感覚を安野谷なりに読み替えたものだといい、それは山へ向かう途上にある心象のようにも見えてくる。地域で生産されたネクタイ生地などの端切れを手作業で”ドラム演奏のように”打ち込んでいったと安野谷が語る制作プロセスは、長らく人が不在だったこの空間に織機の活気のリズムを蘇らせてくれる。
畳の間には近年の関連作品や、この地域のリサーチから着想した掛け軸作品などが置かれている。晴れた日にはあたたかな光が差し込み、かつてこの家で営まれていた時間の流れを追体験するような感覚が生まれる。

[アーティスト・ステートメント]

以前から山岳信仰や修験道に興味があった事もあって今回の製作も富士山という存在に思いを巡らす事から始まった。
そして富士吉田の歴史、生活、織物産業や富士講から辿っていくような感覚で、土地ならではの目線をなぞるようだった。
登ると幸せ、極楽浄土が連想されがちな富士山は、例えば富山県の立山信仰の地獄とは真逆のようだが、実際は北斎の赤富士と黒富士のように優しさと厳しさを持ち合わせ、それを和合させた一つの山なのだと感じ取っていった。
リサーチに入った樹海も荒々しい自然の力が溢れかえっていて、決して人間にとって優しい場所とは言えなかった。
本当に生と死が表裏一体となっていた。

現在では観光登山ツアーなどが盛んに行われ、比較的簡単に気軽に登頂することができる。なんなら途中まではバスで行ける。
しかし昔は富士山へ向かうこと自体かなりの体力と資金と気力が必要だった。ましてや険しい道のりを経て山頂にたどり着ける人はごく僅かな選ばれた人たちだけだったと思う。そんな想像を膨らます。
時代が移り変わって極楽浄土も近くなったかと思うとそうでも無い。今は今で今に生きる我々にとっては色々と険しい中にあると思う。どんな時代であれ、その“今”を生きるために天国も地獄も存在していて、そこを意識することはとても大変な事だ。
極楽と地獄が表裏一体に存在する富士と現世の我々の営みを重ね合わせ、”浄土”への道のりを思い描いた。
Artist Profile
安野谷 昌穂 / Anotani Masaho

安野谷 昌穂 / Anotani Masaho

1991年生まれ。日々の生活の中に漂う生命的な情報や社会的な事象、自然の中で得た観察や感覚を自らの中心に投影し、そこから発生する瞬間的な反射反応を軸に、内在する多層的表現世界の印象を捉えながら具現化する。作品は、絵画やドローイング、コラージュ、パフォーマンス、詩、写真など多岐にわたり、あらゆる手法により森羅万象を表現している。コラボレーションワークとしてPlantation(2024 S/S)やCOMME des GARCONS SHIRT (2016-17 A/W)など。著書として『STEIDL - WERK No. 23: MASAHO ANOTANI “DEFORMED”』などがあり、2025年7月には、およそ10年ぶりとなる著書『DEMO Future Book』を発表。