/ Chisato Matsumoto

展示会場
(05)旧糸屋
《Embracing Loom》2025
《Embracing Loom》2025
About Works
[キュラトリアル・コメント]

旧糸屋の座敷に設置された本作は、かつては呉服屋として人々が出入りしていた場所の記憶に触れながら、松本千里が独自に展開してきた絞り染めの途中段階で現れる“絞り”の造形を起点とするインスタレーションを推し進めたものである。絞りの形は支持体から増殖するように広がり、空間を侵食し、生き物の振る舞いを模したような表情を見せる。
《embracing loom》では、天井や壁を伝って伸びる造形が、部屋の中央に置かれた古い織機(loom)に触れ、つかみ、抱きしめる(embraceする)ように持ち上げようとしている。糸屋という場所に蓄積されたにおいや手仕事の物語——さらに言えば、この建物に滞留した思いや願いが、いわば〈テキスタイルの霊〉のように姿を現し、使われなくなってもなお、織機を手放すことをためらっているようにも見える。
そのように過去を惜しむ気配や、どこか執念に近い感情が読み取れるのは、この場所性によるものだろう。街の様子が変化し、産地の役割が変わりゆく中で、地域を支えてきた思いや記憶の断片が布のかたちとして立ち上がっているようである。松本は約二週間の滞在制作中、この“子たち”が何を望んでいるのかが徐々に聞こえてきたと述べており、その声を代弁するように形を導いていった。こうして立ち上がった本作は、かつてこの町で使われた織機やテキスタイル産業の営みと結びつき、この場所に蓄積してきた作業の痕跡を、布のかたちとして呼び戻している。

[アーティスト・ステートメント]

かつて糸や織機が行き交った空間に、絞りを施した布を使って、
織機や柱へと浸食するように広がるインスタレーションを展開した。

ひとつひとつ手で絞られた布は、
使われてきた織機の部品や糸屋の記憶と呼応しながら、
この土地に宿る燃えるマグマと清らかな冷気を吸い込んで、生命の気配を立ちのぼらせていく。

営みと信仰、共存してゆく地脈の彼方で、
富士吉田の底流に流れる生を、布を絞る手の行為によって、
祈るような気持ちで手繰り寄せた。
Artist Profile
松本 千里 / Chisato Matsumoto

松本 千里 / Chisato Matsumoto

1994 年広島県生まれ。広島市立大学芸術学研究科博士後期課程修了。伝統的な日本の絞り染め技法をもとに、模様にとどまらない立体的な表現として、インスタレーションやパフォーマンス、キネティックアートなどを展開する。 日本の伝統技法から別の価値を創造し、 解釈を広げることを目指している。立体的な絞りの粒を人に見立てた「個と群衆」をテーマに抽象的な空間造形を通じて、現代社会の複雑なエネルギーとその動態を作品に込めている。最近では真綿を使用したインスタレーションにも挑戦しアジアの染織文化にも興味の幅を広げている。主な展示に、「Tokyo Midtown Award」(東京、2017)、「六甲ミーツ・アート芸術散歩」(神戸、2020)、「広島市現代美術館館外企画 松本千里–星つぶの彼方」(広島、2021)、「飫肥DENKEN WEEK 2022」(宮崎、2022)、「宇宙は白く瞬く」(上海、2025)など。