/ Fuka Nagata

展示会場
(15)FUJIHIMURO
《徐福 - 鶴と火》2025
《徐福 - 鶴と火》2025
About Works
[キュラトリアル・コメント]

本作は富士吉田に伝わる徐福伝説を手がかりに、本地域の仮面劇の習俗の形式を踏まえつつ、舞と面を用いて再構成した“現在の神楽”として制作された映像作品である。
本作では、アーティスト・詩人の青柳菜摘による書き下ろしの詩から始まり、白い衣をまとったダンサーが、徐福面・蚕面・女面を順に被り替えながら、織物工場や蓮池など、市内の複数の場所で舞う。織機音や環境音を取り入れた永田のサウンドワークに導かれるように、ダンサーの身体は土地の記憶をたどり、実体として存在しない〈徐福の気配〉を現在の時間へ引き寄せる。
地域の伝承では、徐福は養蚕や機織りの技術をもたらした実在の人物として語られる一方、全国の伝説を参照すると、海外から伝導された技術や文化の象徴を示す側面もある。本作に登場する蚕面・女面の人物——つまり家畜化と改良により人間に依存した蚕と産地を支えてきた女性労働者の存在——はそうした技術の発展を影から支えてきた身体性を示唆する。
この地域では、徐福が死後、鶴へ姿を変えたという伝承が残り、本会場前の福源寺では鶴となった徐福が舞い降りたとされる鶴塚が存在する。土地に根づくこうした語りと、布・繊維産業における「遠くから来たものが、別の姿を取って受け継がれる」歴史が、本作の背景にある。本作の神楽は、ダンサーの動きと音が重なりながら、富士吉田に息づく複数の記憶の層を、観客が現在の時間の中で読み取るための装置として構築されている。

[アーティスト・ステートメント]

秦の始皇 帝の時代、方士の徐福(じょふく)は「東の海の果てにある蓬莱(ほうらい)の山」にあるといわれた不老不死の薬を求めて、船で中国から日本へやってきました。徐福の探していた山こそが不死の山といわれていた、富士山でした。徐福は薬を探しまわりますが、ついに見つかりませんでした。故郷に帰ることもできなくなった徐福は、村の娘と結婚し、いまの富士吉田の地で暮らすことにしました。そこで織物の技術を村の人々に伝え、やがて村では織物が盛んになった、という伝説です。
日本各地に残る伝説の中で、徐福は土地を拓き、農耕、漁法、捕鯨、紙すき、養蚕、機織り等の技術を伝えた。徐福が日本に辿り着いて住んだとされる場所には「ハタ・ハダ」を含む地名が残り、その子孫は「秦(はた)」と称したとも言われているとか。
山梨県都留市では、徐福がのちに鶴に姿を変えたという逸話から地名が「都留」になったと伝えられます。また、本会場の目の前の福源寺には「鶴塚」があり、同じく鶴へ化身した徐福の物語を伝承しています。
FUJI TEXTILE WEEKでは、「織り⽬に流れるもの」という今回のテーマに対して、徐福に関する伝承を出発点に、布や繊維産業の「移動して姿を変えたもの」を題材に架空の神楽を制作します。
Artist Profile
永田 風薫 / Fuka Nagata

永田 風薫 / Fuka Nagata

1998年 静岡県浜松市生まれ。メディアアーティスト。2021年 東京藝術大学音楽学部音楽環境創造科卒業。2024年 東京藝術大学大学院映像研究科メディア映像専攻修了。都市空間に流れる音や音楽を扱った作品制作やエレキギターの演奏を通して、音が持つ社会的な力や政治性について考えている。また、土地や人物を写真や録音などを通して記録することや、記録を再生することによる対象の変化に着目し、作品を制作している。主な発表歴に、「防災無線通信 - ホーンスピーカーとサイレンのためのオペラ」(北とぴあ、2024、東京)、「家政 – 部屋と声、動作のためのサウンドトラック」(鴨江アートセンター、2025、静岡)