FUJI TEXTILE WEEK 2025の開催に先駆けて始まったWEBコンテンツ「布と言葉」は、改めて布が持つ表現の可能性や魅力を言葉で紐解こうという試みです。さまざまな人たちに、テキスタイル・布・織物・繊維について思いを馳せ、自由に語っていただきました。布が広がるように言葉が伝わり、布に包まれるように言葉が届きますように。
今回は、東京・世田谷で古書店〈nostos books〉を営む中野貴志さんが布に思いを馳せます。古着やヴィンテージなどの古い布と古書が共に持つ力があるといいます。
「布」と聞いて私が最初に思い浮かべるのは、古布(や古着)のことです。長い時間を経て味わいを増した布の魅力は、古書の紙焼けの美しさにも通じるものがあります。どちらも、経年が生み出す独特の表情があり、それを手に取ることで触れることのできる「時の重み」に心惹かれます。
例えば、古布特有の色褪せやほつれ。これらは単なる劣化ではなく、その布がどのような時代を過ごし、どんな手に触れられてきたかを想像させます。その背景にある物語こそが、古布の魅力だと感じます。古書も同様に、ページをめくるたびに香る紙焼けの匂い、手に残る感触。それらが記憶や感情を刺激し、私たちを時間旅行へと誘います。

古布と古書に共通しているのは、何かを“生み出す力”があることです。ただの古いモノではなく、今の私たちにインスピレーションを与え、新たな創造を生み出す源になる。今回、“生み出す力”というキーワードから、『造形と科学の新しい風景』という本を紹介したいと思います。
本書は、ニュー・バウハウスの設立に関わり、MIT(マサチューセッツ工科大学)でヴィジュアル・デザインを担当したジョージ・ケペッシュが1956年に出版した一冊です。アラスカの海岸線、深海底、宇宙線、ラジウム粒子の飛跡、茎の横断画など、自然や宇宙の構造やパターンを捉えた豊富な図像に、ケペッシュの力強い文章が添えられています。さらに、芸術家、科学者、哲学者の言葉が的確に引用され、読者の視点を広げ、思索を深める巧みな編集がなされています。
単なるデザインソースではなく、見る力を養うための本として、出版から約70年が経った今もその視点の鋭さは色褪せることなく、新たな発見をもたらしてくれます。
この本のページをめくると、科学と芸術の視点が交差し、時代を超えて知覚を刺激する構成になっていることに気づきます。それはまるで、時を経て深みを増した古布の風合いのように、読むたびに異なる表情を見せてくれます。古書とは、単に過去の遺物ではなく、新たな視点を生み出す力を秘めた存在。この本もまた、その一冊であり、読み手の想像力をかき立てる「生み出す力」を持つものです。
私は本を扱う人間ですが、布を扱う人々が考える“変化”や“継承”、そして“未来への応用”は、私が古書に感じるものととても近い気がします。古いものから新しい創造を描き、現代の技術との融合により未来に残るものを作る。現在もまた、未来から見れば過去となり、新たな創造の種になるのだと思います。


『造形と科学の新しい風景』ジョージ・ケペッシュ
クリエイターとして活躍する傍ら、活発な執筆活動を行なっていたジョージ・ケペッシュ
による、その理論の集大成。顕微鏡写真や放射線写真など、科学技術の発展によって眼に
見えるようになったさまざまな自然のなかのかたちの多彩な図版を掲載。各界の識者によ
るエッセイと共に、「芸術と科学の総合」への試みを示す。『The New Landscape』
(Paul Theobald and Co.刊)の日本語翻訳版。
出版社:美術出版社
発行年:1966年